「コムスタ4」代表の紹介
★☆★ 大田区上池台を拠点とする「コムスタ4」代表(個人)の活動紹介です ★☆★                (コムスタ4:「コミュニティ スタジオ 4丁目」の略称)
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Author:yk
「コムスタ4」代表のページへようこそ!!

地域コミュニティの活動拠点となる「コムスタ4」で、皆様の地域活動を支援しています。

同時に、大田区「上池台」の地域情報等の提供を充実させていきます。
また、個人の立場ですが「防災まちづくり研究会」や「六郷用水の会」「おおた地域学のススメ」などの会員として区民目線の地域活動も行っています。

・コムスタ4:Community Studio 4丁目の造語です。

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(池上線15)池上線・開通当初の車両を紹介
法勝寺鉄道デハ203

 また、街の手帳「池上線」に掲載されていたi記事を紹介します。
 驚くことに、池上線・開通当初の車両鳥取県の南部町公民館で保存されているようです。
 池上線の開業当初は乙号車2両が使われたそうでその1台です。
 上写真は、鳥取県南部町立西伯小学校に設置されていた時点のものです。

 1930年に伯陽電鉄(その後、日の丸自動車法勝寺線)に譲渡され、1967年の廃線に伴い鳥取県南部町立西伯小学校で保存した。その後、車両は2011年に鳥取県保護文化財に指定を受け、当時の状態に復元補修され後、現在の場所に移つり展示しているそうです。
 1922年(大正11年)日本車輌製の電車で、元駿遠電気20形・池上電気鉄道乙2のデハ203です。デハ203は2012年度 - 2013年度の間に西日本旅客鉄道(JR西日本)後藤総合車両所で後藤工業で復元作業を実施しました。

 出来れば、池上線沿線の公園に移築してもらいたいものです。

(参照「街の手帖 池上線」およびウィキペディア)

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(地域情報71)洗足池周辺 昭和10年航空写真
洗足池s10・450

 上航空写真は、昭和10年の洗足池周辺です。
 上池台より北東側ですが、洗足池中原街道、池上線がよくわかります。
 池上線は当初より切り通しでその上に3つの橋が架かっていたようです。
 中原街道より池上側や北千束側は宅地化が進んでいましたが、洗足池周辺は宅地化は遅れていたようです。
 清明文庫洗足軒、遊具の大山すべりなども見えます。

 じっくり見ていると新たな発見があるかも知れません。

 また、洗足池周辺は平成30年の「(仮称)勝海舟記念館(旧清明文庫) 」完成をはじめ整備される計画です。

(参照:散歩の達人no.247・特集「東急池上線」) 

(地域情報70)馬込村であった千束地区
千束地区・地図M450

 地図は「東京府荏原郡馬込村」の地図です。
 千束地区は、馬込村に属していました。
 「洗足池」は池上村です。
 千束地区と馬込地区とは、「字長原」「字平塚」でつながっています。
 また千束地区は馬込の飛地だったそうです。
 調べれば、もっと面白い発見がありそうです。

(地域情報69)上池台 学研通り
 2010年頃まで新幹線の車窓から見えていた「学研」ビルをご存知でしょうか。
 道々橋近くにあった学研別館で現在はホンダ販売店になっています。
 40年前になりますが、車窓からの「学研ビル」を見て、そろそろ東京だと思いました。(当然「品川駅」もなく「東京駅」が終点です)

 学研本社ビルは、ここからバス道「学研通り」で3駅ほど離れたところにありました。
大手出版会社のなかで辺鄙な地に立地しており、出入りする人は「学研に行くと半日仕事」だったそうです。
鉄道駅のないという特性から独特の郊外の雰囲気を放っていた。
そして、夜になりバスが終わると、煌煌と灯りの照らす学研ビルの前に、大勢のタクシーが客待ちをしているのが日常的な光景となっていた。
住宅地のなかを貫く道の、その一角だけが明るいというのも、はかではなかなか見ることの出来ない姿である。
 学研もかっては、長原より旗の台寄りの中原街道沿い、そば屋の2階にあった。
 その後、昭和29年に千束別館(現・鳳凰閣)に学年誌編集、美術、造本部門が移転してきた。
 昭和30年代後半に上池台に移転し、長原駅から学研通う人の数がもの凄かったそうだ。
 その人の数に比例し、学研関係の人が利用する食堂や居酒屋が繁盛した。その後五反田に移転すると、かつての賑わいも落ち着いた。

「学研ビル」に思いである方も、沢山いらっしゃると思います。


(地域情報68)上池台 同潤会・洗足台分譲住宅
洗足台分譲住宅450

写真は昭和6年洗足台住宅販売案内」です。
案内図には、池上線、洗足池、小池、玉川水道浄水池が描かれています。
黒い網掛け部分が同潤会が分譲した「洗足台分譲住宅」です。

地名として、当時の「洗足台」がいいのか、現在の「上池台」がいいのか、微妙です。
小池」もはずせない地名ですが、現在は池名や自治会名、駐在所名で残っています。

(参照:「まちがやって来た」大田区立郷土博物館)